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大久保正紀

2010年08月08日 20:54

幼なじみの大久保正紀くんとお別れをして

15年が経ちました。



もし大事な人を亡くして、どうしようもなく辛い時は

その人の生きたかった道を歩んでみることですよ。

ほんの少しだけでも。




高校卒業して間もない頃、あいつが

みんなでキャンプに行こうと言う。

毎日がキャンプみたいな田舎で育ったのに。と思いながら。



稲刈りが終わったら車で思いのまま旅しようと。

まだ免許取り立てで、世界が狭かったですから

とても新鮮でした。軽自動車でしたけど。



冬になったらスキーに行こうと。

お金がない僕のリフト券も買ってくれて。

それでも 一人で行くよりいい と。

彼が死んだ年の冬から、僕もスキーじゃなくてスノーボードを始めました。

山の上からあいつの事ばかり考えていました。



ダイビングがしたいからショップについてきてくれと。

事故の1ヶ月前でした。

亡くなったあと実家の部屋に行ったら、ちゃんとスキューバのセットが置いてあって。

免許は取ったのかな?海の中の世界は見れたのかな?と気になって。

僕もその後、あいつが見たかった世界を見る為に資格を取って。

その1回きりでしたが、目標は果たせたからそれでよかったんです。



バイクだけは僕の影響だったかもしれません。



とにかくなんでもやってみたい奴だったんです。

そんな男が、僕の中に生きています。



どこかで自分という人間が変わった気がしたのですが

今思えばこの事故の後からです。

自分一人の力では踏み込めなかったいろいろな世界に

1回しかない人生だからと、思い切って突っ込んで行けたのは

少なからず

あいつの意思がそうさせている気がします。


もともと性格は似ていたと思いますが、

踏み込めるかどうか?という点では全然違いましたから。



生きていたらどんな人生を送っているんだろうと

時々考えていましたが

間違いなく、答えは僕自身の姿です。

こんな男になっていたはずです。


ですから僕は

鈴川卓也でもあり

大久保正紀でもあると。


その人の生きて来た道や、生きて行こうとした道を代わりに進む事で、

人の死を少しでも受け入れられる気がします。


去年は

「そういう男がいたと言う事を、ただ伝えたかった」と書きましたが

今年は、その男がどんな男だったのか知って欲しかったという

僕のわがままなブログですみません。




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